「カルト村で生まれました」を読んで、通貨に支配された社会を考える。

今はやりのエッセイ漫画。
実はうちの嫁がハマりにハマっていて、Amazonで何冊もまとめ買いしている。

その中に「カルト村で生まれました」というタイトルの本があり、見るからに気になるタイトルだったので読んでみることに。

筆者は高田かやという方で、とあるコミューンで生まれ育ったのだとか。
その生い立ちや思い出をつらつらと語ったエッセイ漫画だ。

高田かやさんの生まれた村では、敷地内に広大な田畑や牧場があり、
生活に必要なものは「村人」たちが自給自足でまかなっている。

「村」の中で子どもたちは、小さい頃から親と一緒に暮らすことはなく、
「世話係」という村の関係者のもとに預けられて育てられる。

カルト村の社会のありかた

「村」では子供といえども貴重な労働力で、幼少の頃から農作業などに従事するという。
僕達が生まれ育った「一般」の環境とはかなり違うことがわかる。

これだけ読むと、なんだか「村」に強制労働させられてかわいそうという感じがしないでもない。
けれど、この「村」の中には通貨というものが存在しない。

なぜなら「村人」は自分の役割、つまり与えられた仕事さえやっていれば、
生活していくのにお金など必要ないからだ。
衣食住、生活に必要なものは全て「村」がまかなってくれる。
だからお金は必要ないということだ。

お金のために働くのではなく、
「村」という社会そのものを維持するために働くというイメージだ。

なんだか共産主義社会が目指したものを実行しているような感じがする。

「村」の中では基本的に「所有」という概念もなく、
全てが共有物であるという点も共産主義の考え方に似ている。

「お金のいらない社会」

これだけ聞くと、ユートピアのような場所を想像してしまう。
けれども、その社会を維持するためには個人の自由を無視して労働に従事させる必要であって、必ずしもユートピアとは言えないのだ。

これは僕達の社会でも同じことが言える。
僕達の社会に「自由がある」というのは建前で、実際そんなことないのは誰でも知ってる。

誰もがお金と引き換えに自由を切り売りしている。

そう考えると「村」も僕達の社会もそう大差ないのではないかなー、
と思えたり。
人間を働かせることで成り立っていることはどちらも変わらない。
お金で縛るか、思想で縛るかの違いしかない。

こういう社会のあり方も今後は変わっていくんだろうか。
労働そのものが人間からロボットなどに置き換わったときに変わるのかもしれない。

生きているうちにそうなってくれたら嬉しいなぁ。

ともかく。
面白い漫画なのでぜひとも手にとってみてください。